章の説明: 本章は,ヒシュラ6年11月のホダイビヤの休戦条約について記され,それによってイスラームの勝利が確立されたので勝利章と名付けられる。ホダイビヤは,マッカの西方25キロ,今日のマッカ,ジュッダ街道上の聖域境〔フドゥード・ル・ハラム〕にあたり,いま非ムスリムの入境禁止の立札のあるところから,2キロ余先の地点である。この年聖預言者ムハンマドは,小巡礼〔オムラ〕(2……196注参照)を決定し,それに従う者約千5百人は,宗教上の定めに従って武器を携帯せず(2……194参照),アル・マディーナから約400キロを旅してホダイビアに着き野営し,後に第3代カリフになったオスマーンを派遣してマッカのグライシュ部族と小巡礼につき折衝させたが,かれの帰りが遅れ殺害されたとの風聞もあって,聖預言者も一戦を覚悟するに至り,大きな木の下で信者たちに,生死を共にすることを誓わせた(本章18節参照)。しかし幸に,オスマーンの死は誤報で,その後マッカとの折衝の末,次の内容の盟約が結ばれた。(イ)10年間の休戦を約束する。(ロ)双方の誰でも,いずれに仲間入りしても,また盟約を結んでも自由である。(ハ)マッカのクライシュ族の者及びその配下にある者が,責任者の許しなく聖預言者に来たときは,その者を送還しなければならない。しかしそれと反対の場合は,送還することはない。(ニ)聖預言者とその一団は,この年マッカには入らない。しかしその翌年はマッカに入ることができる。以上の盟約に対して不満を抱く者あり,特に(ハ)項はムスリム側だけが責務を負い不公平だとした。しかしムスリムがマッカに入ることこそ至大の意味があり,本盟約により信仰の自由を認めさせたことは,偉大な勝利であった。ムスリム側は,忠実にこの盟約を実行し,またその翌年は3日間の小巡礼をした。しかしマッカ側は,やがて盟約に背き,ムスリムと盟約ある氏族を攻撃したので,マッカの征服となった。実にホダイビアの盟約は,宗教上,社会上,政治上の大勝利であった。こフことに関連し本章で教えられる。 慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。 1. 本当にわれは,明らかな勝利をあなたに授けた。 2. それはアッラーが,あなたのために過去と今後の罪を赦し,またあなたへの恩恵を果して正しい道に導もいて下さり, 3. また力強い援助であなたを助けようとなされるためである。 4. かれこそは,信者たちの心に安らぎを与え,かれらの信心の上に信心を加えられる方である。本当に,天と地の諸軍勢はアッラーの有である。アッラーは全知にして英明であられる。 5. それもかれが,信じる男たちと信じる女たちを川が下を流れる楽園に入らせて,その中に永遠に住まわせ,かれらの様々な罪業を消滅なされるとの思し召しから。これこそアッラーの御許では偉大な成就である。 6. またかれは,アッラーについて邪な考えをもつ偽信者や女たち,多神教徒は男も女も懲罰なされる。かれらはアッラーに就いて,悪い見解で臆測する者である。これらの者には非運が巡ってきて,アッラーはかれらに激怒され,崇られ,かれらのために地獄を準備なされる。悪い帰り所である。 7. 天と地の諸軍勢はアッラーのものである。アッラーは偉力ならびなく英明であられる。 8. 本当にわれは,実証者,吉報の伝達者また警告者として,あなたを遣わした。 9. それはあなたがたが,アッラーとその使徒を信じ,またかれ(の教えの宣揚)を助け,かれを尊崇させるためであり,また朝な夕なかれを讃えさせるためである。 10. 本当にあなたに忠誠を誓う者は,アッラーに忠誠を誓う者である。アッラーの御手がかれらの手の上にあり,それで誰でも誓いを破る者は,自分の魂を損なう者である。また誰でもアッラーとの約束を,果す者には,かれは偉大な報奨を与えるのである。 11. 後に居残った砂漠のアラブ人たちは,あなたに向かって,「わたしたちは,財産や家族のことに捕われていました。だからどうかわたしたちのために,赦しを祈ってください。」とかれらは,心にもないことを舌の先で言う。言ってやるがいい。「もしもアッラーがあなたがたを害しようと御望みになり,または益しようと御望みになれば,誰があなたがたのために少しでもアッラーの意を翻すことなど出来ようか。」いや,アッラーは,あなたがたの行うことを知り尽される。 12. いや,使徒と信者たちは,決してその家族の許に帰らないとあなたがたは考え,得意になって,邪念を抱いていた。あなたがたは破滅する民である。 13. 誰でもアッラーとその使徒を信じないならば,われはそのような不信心の徒に対して燃えさかる火を準備した。 14. 天と地の大権はアッラーの有である。かれは御望みの者を赦し,また御望みの者を懲罰なされる。本当にアッラーは,寛容にして慈悲深くあられる。 15. 後に居残った者たちも,あなたがたが出動して戦利品が取れるとなると,「わたしたちを入れてください。あなたがたの御供をします。」と言い,かれらはアッラーの御言葉を変えようと望む。言ってやるがいい。「あなたがたは,決してついて来てはならない。アッラーが既にそう仰せられたのである。」するとかれらは,「あなたがたはわたしたちを恨んでいる。」と言う。いや,かれらは少しも理解しないのである。 16. あと居残った砂漠のアラブたちに言ってやるがいい。「今にあなたがたは,強大な勇武の民に対して(戦うために)召集されよう。あなたがたが戦い抜くのか,またはかれらが服従するかのいずれかである。だがこの命令に従えば,アッラーは見事な報奨をあなたがたに与えよう。だがもし以前背いたように背き去るならば,かれは痛ましい懲罰であなたがたを処罰されよう。」 17. ただし,盲人は(出征しなくても)罪はなく,足の障害者や病人にも罪はない。誰でもアッラーとその使徒に従う者は,川が下を流れる楽園に入らされよう。しかし誰でも背き去る者は,痛ましい懲罰が下されるであろう。 18. かれらがあの樹の下であなたに忠誠を誓った時,アッラーは信者たちに,ことの外御満悦であった。かれはかれらの胸に抱くことを知り,かれらに安らぎを下し,手近な勝利をもって報われた。 19. そしてかれらは,(その外に)沢山の戦利品を得た。アッラーは偉力ならびなく英明であられる。 20. アッラーは,あなたがたが得ることになる沢山の戦利品を約束なされた。しかも直ぐにそれを果たされ,あなたがたに(反抗する)人びとの手を押えられた。それは信仰する者への印であり,またあなたがたを正しい道に導くためである。 21. またかれはいまだにあなたがたの力の及ばないものをも(約束されたが),アッラーはしっかりと取り囲んでいる。本当にアッラーは凡てのことに全能であられる。 22. 不信心者たちが,あなたがたと戦ったとしても,かれらはきっと背を向けよう。かれらには,保護者も救助者もいない。 23. これは昔からの,アッラーの慣行である。あなたはアッラーの慣行には,少しの変更も見い出せない。 24. またかれこそは,マッカの谷間であなたがたからかれらの手を,また,かれらからあなたがたの手を押えられた方であり,その後かれは,あなたがたにかれらに対し好結果を与えられた。本当にアッラーは,あなたがたの行うことの監視者であられる。 25. かれらこそは(啓示を)拒否し,あなたがたを聖なるマスジドから妨げ,また供物がその犠牲の場に達することを妨げた者である。またあなたがたが,(かれらと混じり住む)信仰する男や女たちを,知らずに踏み躪って,無意識に罪を犯さないよう (あなたがたの手を押えられた)。かれは御心に適う者をその慈悲の中に入らせられる。もしかれら(善男善女)が(はっきりと)分れていたならば,われは痛ましい懲罰で不信の徒を懲罰していたであろう。 26. あの時不信心な者たちは,胸の中に慢心の念を燃やした。ジャーヒリーヤ(時代のような)無知による慢心である。それでアッラーは,使徒と信者の上に安らぎを下し,かれらに自制の御言葉を押し付けられた。これはかれらがその(安らぎ)に値し,またそれを受けるためであった。アッラーは凡てのことを知っておられる。 27. 本当にアッラーは,使徒のためにかれの夢を真実になされた。もしアッラーが御望みなら,あなたがたは,安心して必ず聖なるマスジドに入り,あなたがたの頭を剃,または(髪を)短かく刈り込んで(ハッジやオムラを全うする)。何も恐れることはないのである。かれはあなたがたが知らないことを知っておられる。そればかりか,かれは手近な一つの勝利を許された。 28. かれこそは,導きと真実な教えをもって,それを凡ての宗教の上に宣揚するため,かれの使徒を遺わされた方。本当にアッラーは立証者として万全であられる。 29. ムハンマドはアッラーの使徒である。かれと共にいる者は不信心の者に対しては強く,挫けず,お互いの間では優しく親切である。あなたは,かれらがルクウしサジダして,アッラーからの恩恵と御満悦を求めるのを見よう。かれらの印は,額にあるサジダによる跡である。(ムーサーの)律法にも,かれらのような者の譬えがあり,(イーサーの)福音にも,かれらのような譬えがある。それは蒔いた種が芽をふき,丈夫な茎を伸ばして,種を蒔いた者を喜ばせるようなもの。それで不信者たちは,かれらに憤激することであろう。だがアッラーは,かれらの中で信仰して善行に勤しむ者に,容赦と偉大な報奨を約束なされる。
日本ムスリム情報事務所, 1998-2003. | ||||||||||||||||||||